人生

スノーボードにハマった20代30代

更新日:

オレは20年ほど前からスノーボードをやっている

厳密に言うと「やっていた」だ。

長距離運転手になってからというもの全く行けてないからだ。  

オレは20代後半から30代後半まで島根県に住んでたことがある。

スノーボードは地元にいるときから少しだけかじっていたのだが

島根県に来た事で、スキー場も近くにあることもあり本格化していく

当時はまだスノーボード禁止のスキー場も多く、

スキーヤーの方が圧倒的に多い中、

脇でひっそりとやる様な感じだった

当時にオレから見えていたスキーヤーは

 

ピチピチで派手な蛍光色のウェアーとガンダムの如くガッチガチのハードブーツを履いて

ゲレンデ下から見てると初代ドラクエの如く常に正面を向き 転けたらスキー板を拾うために汗だくで登山をする

滑るよりもロッジにいる時間が圧倒的に長く

ギラついた変なふっくん的サングラスをかけた軟弱な奴が

ナンパなイベントの為に行うレジャー だと思っていた。

対してスノーボーダーはと言うと

ダボダボのスケーターみたいな格好をして

パイプグローブを着け 転倒すれば 怪我どころか、簡単に骨が折れ

足が曲がっちゃいけない方向に曲がっちゃう様な

ナンパな奴は近づく事すら許されないツラい罰ゲーム的なドMのスポーツで

当然ながらスキーヤーからは煙たがられる存在だった

 

しかし

 

スキー場からスキーヤーが減っていき、スノーボーダーが増えてくると

時代と調子を乗りこなすナンパなスキーヤーが ナンパなスノーボーダーへと変貌し我々の場所を侵食してくるという

結果的に我々は気がつくと、また端に追いやられていた

 

オレの様なクズは

 

いつの時代も何をやるにしても 端っこに追いやられ、市民権を得ることが難しい

 

しかし

 

遂に

 

遂にだ

 

スキー場にパークというものが作られた

パークとはスキー場の一部に併設される

レール(手摺り)やキッカー(ジャンプ台)やボックスなどの障害物が設置されてるエリアである

そのアイテムに挑戦するには度胸と気合と少々イカれた感覚が必要で

甘ったれたレジャー感覚のヤツがカッコつけて入っていくと

無様に激しくヤラレ、カッコ悪い醜態を晒すことになったり

下手したらケガをして、人に心配をかけた挙句

そうそうに家に帰ることになるだろう

こうしてやっと市民権を得たオレは

無様にヤラレようと、痛い目に遭おうと楽しくスノーボードを満喫していた

 

だが

 

だがしかし

 

それもつかの間

次はそこに上手いヤツが現れる

 

そこは上手いヤツが優先、上手いヤツが法律、上手いヤツが神なのである

 

そうなると当然オレのような下手くそなヤツは隅っこに追いやられる羽目にあう

 

中学の時に頭が良かったヤツが進学校に進学し、バカみたいな扱いをうける様なもので

 

これは正直キツイ

 

マジでキツかった

 

最悪、ホームゲレンデを変えることになる

実際にオレはそうすることになった。

 

しかし

 

これはたまたま運がよく、ある日のスキー場に行った帰りに見つけた小さな個人経営のゲレンデに寄ったことがきっかけなのだが

そこはゲレンデ全体がパークになっており、かつ客も少なく(というか、常連客しかいない状態だった)

すぐに馴染み、すぐに常連になった

経営者のおっちゃんがとても面白く、物凄く理解のある人で

常連客の意見や自分でビデオを見て、それをアイテムとしてゲレンデにフィードバックするという

奇跡的な環境だった

(中には、これプロでもムリじゃね?っていうようなアイテムを設置した事もあったが)

常連の中には上手いヤツも、オレのような下手なヤツもいたが

みんなでワイワイやってた

 

オレのスノーボードライフで最高に楽しかった3年間だった

 

ショップに売っているスノーボードムービーみたいに

ビデオカメラを構え、フィルミングだシューティングだと

プロまがいな事を言うほどだった

編集し出来上がった映像を見ても

 

それはそれは、酷い

 

小学生のお父さんが撮影する運動会の映像レベルで酷かった

 

それでも、当の本人たちは最高に楽しかった

 

この時は本当に朝から夜のナイターまで丸一日いることも少なくなかった気がする

 

今も手元に当時のDVDが2枚半ある (半とは製作途中の段階のが1枚ということだ)

 

しかし、見るに耐えないし、ましてや人に見せる事など到底出来ない

自分で見ることもなく、思い出を形として残してるに過ぎない

 

が確かにそこにはクズなりに楽しく笑っているオレ達がいる

 

地元に帰ったオレは、そのスキー場に行く事はなくなったが

今でも交流はある

 

地元に帰って数年後、ふとあの頃を思い出しあのスキー場やおっちゃんや常連客はどうなってるのか気になり、ネットで検索してみた

 

あの頃、ディガーとして働いていた一人の男のブログにたどり着いた

 

 

 

 

 

そこに衝撃の内容の記事が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっちゃんが事故で亡くなったと

 

 

 

今後の営業をどうするか、おっちゃんの息子と相談していると書かれていた

 

オレはすぐに当時一緒に行っていた先輩に連絡を取った

オレは「本当かわからないがあのスキー場のおっちゃんが亡くなったみたいなブログみたんですけど」

とフワッと聞いてみた

 

先輩「うん。バイクの事故でね。去年の夏だったかな。」

 

物凄くショックだった

何年も連絡とってなかったとはいえショックだった

 

 

そんな最高に楽しくスノーボードにハマったオレの20代後半から30代後半の話だ

 

 

 

 

そんなオレのプロフィール

 

 

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  • この記事を書いた人

うに

九州の某所にて、 ネット上では日本の底辺職だといわれる 「長距離トラックのドライバー」をやって十数年。 なぜ底辺職と呼ばれるのかは理解できるし それについて異論はない。 がしかし、運送業界の闇に疲れ、 ストレスフリーの人生を送るべく 割と本気で今後の人生について考えている。

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